クラフトビールと盆栽の日記@高知

地ビール協会認定・ビアテイスター、ビア&スピリッツ協会認定・ビアアドバイザーのブログ。 飲んだビールのメモ帳&趣味の盆栽の観察日記です。 ※ビアスタイルガイドラインに沿った評価はしていません。

カテゴリ: 湯治旅

筑波山温泉の青木屋に日帰り入浴してきました。

筑波山温泉は筑波山の中腹にある温泉。1970年代に筑波温泉ホテルが源泉を掘り当てた後、2000年代に入って双神の湯という源泉を5軒の宿が共同で掘り当て現在に至っています。温泉宿の多くは山の中腹にある筑波山神社の門前に建ち並んでおり、そのため関東平野を一望できる露天風呂がウリの宿が多くあります。今回訪問した青木屋もそんな宿の一つで、充電バイクの旅で出川たちが立ち寄った宿でもあります。

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宿の真ん前にある筑波山神社です。

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浴場は男女別に内湯と露天風呂があり、男性は露天風呂と内湯の場所が異なるため移動の際に着替える必要があります。IMG_3151

まずは内湯。眼前には関東平野、左には筑波山中腹の峰々を眺められます。この日はガスっていたので見えませんでしたが晴天の日には遠くにスカイツリーや富士山を眺められます。左側の山峰をよく見てるとサイクリング中のローディーをたまに見つけられます。なんでも筑波山はヒルクライムコースとして有名らしいです。
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湯温は41度ほどと適温。無色透明で無臭。泉質はアルカリ性単純温泉で低張性アルカリ性の低温泉。源泉は双神の湯です。スルスルした肌触りで、湯温も相まって長く入っていられ落ち着きます。
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ちなみにガスってない日に筑波山から見える関東平野がこれです。別日に青木屋から少し下がった所にある土産物屋の駐車場で撮った写真です。遠くにスカイツリーや新宿の高層ビル群が見えます。
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次に露天風呂です。充電バイクの旅で出川たちが入った露天風呂です。屋根がないので直射日光をモロに浴び眩しいです。泊まって夜に入ると夜景がスゴそうですね。IMG_3145



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塩原温泉郷の門前温泉にあるホテルニュー塩原に行ってきました。ここは大江戸温泉物語の系列店で、恐らく塩原温泉郷最大の敷地面積を持つ大規模温泉ホテルです。温泉郷に沿って流れる箒川の左右の対岸に建物があり、それが虹のかけ橋という廊下橋で繋がっています。

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温泉は湯泉峡という建物にある露天風呂、西館にある岩風呂、H&B館にある貸切風呂の3つが、それぞれ男女別であります。ちなみに貸切風呂は朝のみ誰でも入れるようになっています。
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この宿は芝居興行でも有名で、毎日、大衆演劇や歌謡ショーなどを開催しています。その中には、あの純烈のショーもあります。
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それでは温泉に行きましょうか(以降、浴室の写真は宿のhpから拝借)。まずは貸切風呂です。泉質はナトリウムカルシウム塩化物炭酸水素塩温泉で中性低張性の高温泉。源泉は市営門前温泉第一号と第四号の混合泉とのこと。浴槽は2つあり、どちらも42度ほどで無色透明。ほのかに硫黄臭のするお湯。基本スルスルかすかにヌルッたした肌触りでした。
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お次に岩風呂です。岩の築山の天辺あたりから温泉が流れ出ています。浴槽が結構広いため端っこでは42度ほどの湯温ですが岩肌に近づくと43度ほどと熱くなります。源泉は七絃不動の湯・市営門前1号・2号・4号の混合泉です。庭と岩山好きとしてはなかなかに楽しめる浴室でした。

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そして湯仙峡へ。虹のかけ橋を渡って行きます。

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虹のかけ橋の内部です。
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かけ橋の窓から箒川を。右下には地元民しか入れない共同浴場の翁の湯が見えます。
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湯仙峡には数種類の湯船があります。源泉と泉質は岩風呂と同じですが、露天風呂と立ち湯と滝見の湯は源泉掛け流しだけど、それ以外は循環させているそうです。
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なるほど。
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露天風呂です。訪問時は雪のちらつく12月末だったためか、写真のような開放的な感じではなく格子窓がつけられており、格子窓の隙間から七絃の滝をチラッと
眺められるようになっていました。

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立ち湯。デカい丸太が浴槽に置かれており、浮き輪みたいに保たれて入れます。

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滝見の湯。ここからでも滝を眺められますが、たぶん露天風呂の方が眺めやすいと思います。

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それでは湯上がりにビールです。食事は大きな広間でバイキングです。客層が大家族ばかりですし、お手頃価格なのでそれなりの内容です。

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せっかくなのでホテルニュー塩原の建物群を外から見学しましょう。まず右側の建物が湯仙峡、緑の橋が虹のかけ橋、左手前が西館、奥がB&H館です。橋の奥に細い滝が見えますが、あれが七絃の滝です。

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今度は蓬莱橋から反対側を見てみます。
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北千住にあるタカラ湯に行ってきました。

この銭湯は、綺麗な庭と縁側があることで有名。何度もテレビや雑誌に取り上げられ、ドラマなどのロケ地としても使われている有名な銭湯です。創業は昭和2年という老舗で、昭和13年に現在の地に移転し営業しているそうです。移転時に建てられた建物はまるで神社か天守閣かの様な千鳥破風がついており見事です。場所は、北千住駅から徒歩15分ほどの住宅街の中にあります。

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これが有名な縁側です。男湯の脱衣所に縁側があり、そこから庭を眺められる様になっています。よく磨かれた床と長椅子が綺麗に光っていますね。
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縁側を奥に進むと池泉式の庭がありました。正面にあるガラス壁は実は男湯の一部でして、薬湯や水風呂があります。ちなみに浴場には4つの湯船があり、一つには座式ジェット風呂が、もう一つには気泡風呂が、そしてもう一つには薬湯が、最後の一つには水風呂があります。
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風呂上がりに長椅子に腰掛けて、風にあたりながら庭を眺めます。たまに聴こえるチリンチリンという風鈴の音が涼やかで良いですね。この日は真冬の1227日でしたけど()、よく温まった体にはちょうど良かったです。
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池には鯉がたくさん泳いでいます。
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ロビー横にも縁側がありました。ロビーでビールやジュースを売ってるので、夏の風呂上がりにはここでビールを飲みながら涼んでみたいです。IMG_2940








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塩原温泉郷には多くの文人墨客が訪れています。
各地を放浪した歌人の大町桂月もその一人で、塩原新七不思議という短編紀行を記してます。今回はその新七不思議をなんちゃって現代語訳し、その足跡を辿ってみます。
※以下、黒大文字は塩原新七不思議を現代語訳したもので、普通のフォントは解説です。
※写真は3回別日で撮っています。なので紅葉の時期の写真もあれば新緑の時期の写真もあります。


【新七不思議その一】
桂月の友人と弟子が桂月に『塩原に行こう』と誘ってきた。季節は紅葉の時期でもなく避暑の時期でもない。何度も塩原に滞在していた桂月にとって『何故にこの時期に行くのか?』と疑問ではあったが、とりあえず言い出しっぺの友人に理由を聞いてみると『我らは塩原に行ったことがないので行ってみたい。金の工面はできている』と言う。『普段金を持たないお前がなんで金を持っているだ?そういえば塩原には七不思議というのがあるが、お前が金を持ってるのも不思議だな。塩原に行くのにちなみ、お前が旅費を工面できたことを塩原新七不思議の一つとしよう』と言うと皆が大爆笑した。
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大町桂月は高知出身の歌人で、当時はかなり有名な人だったようです。終生、旅と酒を愛し、塩原温泉郷にも何度も足を運んでいますが、ある日、友人である松本道別と弟子の田中貢太郎に塩原への旅行に誘われ、その時の様子を塩原にある七不思議という伝承にちなんで『新七不思議』として記しています。
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そのためか塩原では高知よりも桂月の扱いが手厚く、桂月の歌碑が残ってますし、塩原もの語り館では多くの著名な文人墨客が訪れているにも関わらず、わざわざ桂月のことをちゃんと紹介しています。上の写真は塩原もの語り館内にある桂月の紹介文で、下の写真は塩原もの語り館入口前にある桂月の句です。
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【新七不思議その二】
上野駅を出発して西那須野駅で降り、昼食をすませて、塩原を目指して軽便鉄道に乗る。車窓から見える山々や名所旧跡を桂月は得意げに説明するが、弟子に『あの有名な乃木将軍の別荘はどこだ?』と聞かれると『それは...知らん...』と頭をかいた。
関谷という場所で軽便鉄道を降り、徒歩で福渡温泉まで移動。この間も桂月は得意そうに名所旧跡を説明する。『この川が箒川、あれが回顧橋、その先に大爆がある。ほら、ここから回顧ってみなよ。回顧ってみると大爆が見えるから回顧橋と名付けられたんだ』『そして大網温泉、ここは紳士には適さない』『これが白雲洞、龍化爆はこの下にある。あれは材木岩、これは五色岩』『この屋敷は皇室の塩原御用邸、そして目の前の一帯が福渡温泉だよ』と得意げに喋っていると、有名な宿である和泉屋の者が出迎えてきて『先生方が来られている事は聞いております。ささ、こちらへ』と案内された。
みすぼらしい服装の三人、しかもこれまで優待された事などないのにこの優遇、一体何事か?と思いながら宿の部屋に通されると、宿
の者が『この部屋は皇室の方々がお泊まりになった部屋でございます』と言った。ここで桂月が恐れ慄き『我らがこんなに優待されるなんて今まで一度もない。これを七不思議と言わずして何を言わんや!』と言うと、弟子たちも納得の様子で頷いた。
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上の写真は回顧橋へ通ずる駐車場脇にある軽便鉄道の説明板です。桂月は今で言うJR上野駅から東北本線の西那須野駅に降り、そこから今は廃線になっている塩原軌道に乗ってここまで来たようです。西那須野駅周辺には塩原を開拓した三島子爵ゆかりの場所や、松方正義、大山巌、山縣有朋の別荘があり、松方正義の別荘跡が現在の三本松牧場になっています。また塩原には多くの文化人が訪れてますが尾崎紅葉もそのうちの一人で、この説明板の側に尾崎紅葉の歌碑もあります。下の写真は回顧橋から眺めた大爆・回顧の瀧です。IMG_2462
何故に桂月が『そして大網温泉、ここは紳士には適さない』と言ったのか分かりませんが、現在の大網温泉には守湯田中屋という宿が一軒だけあります。実はこの宿は日本秘湯の会に属する名旅館でして、箒川沿いにある露天岩風呂が有名(現在は露天岩風呂は休止中)。ここを過ぎると白雲洞(現在は無い)、龍化爆、材木岩、五色岩などの名所があります。
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大網温泉から福渡温泉の間くらいのところに皇室の塩原御用邸がありました。元々は三島子爵の別荘でしたが大正天皇の避暑地として献上し、戦後に療養施設になった後に更地になりました。ここがその跡地です。
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当時はこの様な御用邸が建てられていたそうです。
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ちなみに大正天皇が指揮して建てた御用邸の建物が近くに移築され天皇の間記念公園として公開されています。
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ここが和泉屋です。数多くの文人墨客に愛された宿でしたが数年前に廃業しました。地下トンネルで通ずる別館に文人墨客ゆかりの品々が展示されていたそうですが今は見ることも出来ず残念です。写真に写っている赤ポストはフクちゃんポストと言い、一世を風靡した漫画フクちゃんと福渡のフクを掛けて女将が名付けたポストです(きちんと作者の横山隆一の許可を受けています)。ポストの横には説明板があるんですが日光の影響でか日焼けして読めなくなっています。さて、では桂月の話に戻りましょうか。
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【新七不思議その三】
和泉屋でひとっ風呂浴びたが日が暮れるにはまだ早いので外出することにした。天狗巌を眺めたり、蒲生氏郷が野立てしたという野立石を眺め、三島子爵の記念碑や、七つ岩を眺めた後、和泉屋に戻って酒を飲むことにした。ところが弟子が湯あたりしたようで酒を口にしようとしない。こいつが酒を飲もうとしないなんてあり得ないので、これを第三の新七不思議としようと言うと、皆が頷いた。ここで桂月が一句

名にし負う 箒川原にゆあみして 心のちりもはらわれにけり

すると友人が『箒とチリをかけるのは何となく単純だなぁ』と言った。ならばと桂月は漢詩を読み出した。

醉倚欄干意気豪  奔流噴雪萬雷號
一聲杜宇不知処  天狗巌頭北斗高


だがこれも友人に『語呂が悪いんじゃないか?』と言われたので、桂月は考え込んだあげく不貞寝してしまった。
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上の写真正面に見える岩肌が天狗巌です。下の写真が野立岩で蒲生氏郷がこの岩の上で野立をしたのでその名が付いたそうです。
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野立岩から天狗巌を眺めるとこんな感じ。
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野立岩を過ぎると塩釜温泉地区に入ります。ここに三島子爵の記念碑があります。
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ちょうど三島子爵記念碑の反対側の川沿いに七つ岩があります。残念ながら道沿いからは見え難いのですが、住居際の通路から川に降りると迫力のある七つ岩を眺められます。IMG_2499
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桂月が読んだ『名にし負う 箒川原にゆあみして 心のちりもはらわれにけりの句は句碑となって塩原に2つ建てられています。まず一つは古町温泉の共同浴場・もみじ湯の側にあります。
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もう一つの句碑は門前温泉の蓬莱橋付近にあります。ちなみに桂月が読んだ漢詩『醉倚欄干意気豪 奔流噴雪萬雷號 一聲杜宇不知処 天狗巌頭北斗高』を意訳すると『酒でほろ酔いになり窓の欄干に腰をかけると、眼下に流れる箒川が轟々と轟いている。何処からともなくホトトギスの囀りが聞こえ、天狗巌の頂上には北斗七星が輝いている』です。単調なのかどうなのかは素人のワタクシには分かりませんが、とても風情を感じます。では新七不思議の話に戻りましょう。
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【新七不思議その四】
翌朝は雨だった。カッパを着込んで塩釜温泉を後にし畑下温泉へ。すると、ある宿の前で桂月が『この宿で尾崎紅葉が金色夜叉を執筆したんだよ』と物知り風に言った。
歩みを進めて門前温泉へ行き、そこから蓬莱橋を渡って古町温泉へ。さらに10キロほど歩いて、大杉のある塩原八幡宮へたどり着いた。『見よ!この大杉を!大小二つの杉がくっついているだけでなく、枝葉が全て下を向いている。これが有名な塩原七不思議の一つ逆杉だ』と桂月が説明すると、弟子が『別に不思議じゃなくない?それより我らの新七不思議の方がよっぽど不思議でしょう?』と言う。『そうは言うが、新七不思議はまだ三つしかないじゃないか...』と桂月が弟子に言おうとしたところ、こうもり傘を差した弟子の姿が目に入り仰天した。『こいつ、灼熱の土佐高知の漁師町に生まれ、日焼けで肌は真っ黒、上京するまでこうもり傘はおろか帽子すら持ったことがない粗野な男なのに何故にこうもり傘を差してるんだ!?こうもり傘を持っている事にも驚きだが、それを差すなんて不思議で仕方がない。これを新七不思議の四つ目としよう...』
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塩釜温泉から2キロほど進むと畑下温泉に辿り着きます。ここには尾崎紅葉が金色夜叉を執筆した宿・佐野屋(現・清琴楼)が今も営業しています。
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本館は尾崎紅葉が宿泊した当時のままの建物だそうです。
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尾崎紅葉の胸像。
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畑下温泉から1キロ無いほど進むと門前温泉に辿り着きます。ここは塩原温泉郷の繁華街で土産物屋や飲食店が並んでおり、その名の由来となった妙雲寺もあります。また、門前温泉の隣に古町温泉があり、そこも繁華街となっています。
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蓬莱橋を渡ると古町温泉に辿り着きます。ここにも塩原温泉郷の繁華街があり、ご当地B級グルメのスープ焼きそばを食べられる食堂があります。また、塩原もの語り館では桂月をはじめ塩原を訪れた多くの歌人を紹介しています。
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塩原もの語り館の箒川を挟さんだ対岸には共同浴場のもみじ湯があります。
そして道なりに進んで中塩原温泉まで進むと、逆杉のある塩原八幡宮に辿り着きます。桂月が形容した様に確かに二つの杉が合体してて枝が逆さになってました。
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【新七不思議その五】
源三窟に立ち寄った。入口はまあまあ広いが中に入ると狭く、立ってられないほど。奥に行けば行くほど這ずり寄らなければ進めない。しかも奇形の鍾乳石があちこちから出ており、頭を打ったりして痛いよほんとにもう。そして行き止まりに来たので引き返し、源三窟の言われを聞くことに。なんでも、源三位頼政の孫・有綱が戦に敗れこの地に逃れてきたが、追っ手に攻められこの洞窟の中で最期を遂げたらしい。
午後になり目的の塩の湯温泉へ行くことに。道中で桂月はここでも『この寺は平重盛の娘・妙雲尼が開いた妙雲寺で、有名な仏像がある』と得意げに説明する。続けて『有名な花魁の高尾太夫の端切れも所蔵してるけど、見ていく?』と友人に尋ねると『いや、腹減ったから飯食いに行こう』と言う。歴史ものが好きな友人が興味を示さないなんて不思議でしかたがない。これを新七不思議の五つ目としよう。

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この日の桂月一行の道順からすると、源三窟は塩原八幡宮よりも手前にあるので、桂月達は源三窟を通り過ぎて先に塩原八幡宮へ参拝したようです。
源三窟は源三位頼政の孫の有綱が、戦で敗走した際にこの洞窟に隠れていたところ、川に流れた米のとぎ汁が原因で追っ手に見つかり攻められ最後を遂げた場所と言われています。
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ちなみに有綱は源頼朝の命により土佐へ赴いて蓮池氏を滅ぼした人物です。土佐出身の桂月や弟子(田中貢太郎)は感慨深かったかもしれません。
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源三窟を見学した桂月達は塩ノ湯温泉へ向かいますが、その道中で妙雲寺に立ち寄ろうとします。妙雲寺は門前温泉にありますが、そもそも門前温泉は妙雲寺の門前町として栄えたため門前温泉と呼ばれる様になったそうです。ちなみに境内には尾崎紅葉の句碑、夏目漱石の詩碑、斎藤茂吉の歌碑などがあります(聞いた話では大町桂月の漢詩碑もあるそうですが見つけられませんでした)。また、妙雲寺には高尾太夫ゆかりの品があると言っていましたが、それもそのはず、高尾太夫は塩原温泉郷の一つである湯元温泉出身なのです。
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ちなみに妙雲寺には高尾太夫の墓がありますが、塩釜温泉(塩の湯温泉ではない)の明賀屋の駐車場には高尾太夫の顕彰碑があります。
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【新七不思議その六】
塩釜まで戻って、塩湧橋を渡り、鹿股川を遡る。この橋から塩の湯温泉までの道は『お兼道』と言い、お兼という女性が自費で開いた道だ。お兼はこの土地で生まれ豪商の元に嫁いだが、殖産の才能があり莫大な富を稼ぎ、それだけでなく数百の従業員を我が子の様に接するという慈愛に満ちた人だった。そのお兼は死の間際に私財を投げ打って道を開くよう遺言し、そのお陰で道が開かれた。三島子爵は栃木、山形、福島に道を開いたが、それは税金を使ってでありお兼の様に私費ではない。お兼の心意気や天晴れである。塩原は高尾太夫を輩出したことで有名であるが、今、お兼の功績が表彰され再び塩原が脚光を浴びるだろう。

塩ノ湯に到着して明賀屋旅館に入ると『和泉屋から連絡を受けています』と言われ、ここでも一番良い部屋に通された。長い廊下を渡って温泉へ行くと、渓流に接した温泉があり、自然の穴が湯船になっている所もある。川両岸の岩肌が広大で、かつ渓流が屈曲していることもあり、まるで前後左右を絶壁と樹木で囲まれている様。そして天を仰げば、何も遮るもののない空を眺められる。これはまるで、洞の中の別世界にいる様だ。

湯上がり後に酒を飲み、食事を終わらせて、散歩に。鹿股川を遡り深山に分け入ると雄飛、咆哮、霹靂、雷霆、素練、萬五郎という滝があるらしく、それらを見に行くことにした。桂月は『雄飛瀑の滝壺の見事なること、塩原の名瀑数あれど、これには勝てない』とまた得意げに言いつつ山を登るが、いつまで経っても辿り着けず、弟子と友人は『まだか?まだ着かないのか?』と問う。しばらく進むと橋が落ちていた。痩せてる桂月は難なく崖を渡れ、友人もなんとか渡れたが、デブの弟子は『おれ、無理!』と躊躇した。しかし、さすが日本男児、まるでカタツムリの様にヌルヌル地面を這って渡って来た。それから暫く歩いたが、いっこうに着く気配がない。ここで桂月は『たとえ雄飛瀑にたどり着いても帰りには日が暮れる。暗闇の中この道を帰るのは危険だ』と思い『帰ろう』と言うと、弟子と友人は『ええっーーー!ここまで来て!?』っと奇声をあげた。旅を趣味とし始めて三十数年、目的地にたどり着かなかった事などこれまで一度もない。今回、たどり着けなかったのが不思議で仕方がない。これを新七不思議の六つ目としよう。

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お兼道は現在県道56号線となっています。お兼道が開かれなければ未だに塩の湯温泉までたどり着けなかったでしょう。
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お兼の顕彰碑です。写真では見えないですが、うっすらとお兼の姿が刻まれています。
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桂月一行が入った明賀屋は現在する宿です。当時よりは川に接してはないですが、一応は川に面した露天風呂があり、なかなかに絶景です。そして皆が散歩で見に行った滝ですが、そこそこ山に分け入らないと行けないみたいなので現地に行くのは諦めました。




【新七不思議その七】
下山すると和泉屋の番頭が明賀屋まで迎えに来ていた。明賀屋に挨拶し、和泉屋まで戻る途中で親抱松を見学。この松は、まるで子供を抱いているかの様に左右の枝が幹の前に広がっている事から、そう名付けられたらしい。この松を見た品川弥二郎は、

親抱の 松に昔忍ばれて 思わずしぼる 旅衣かな

と詠んだそうだが、桂月も友人もその心境は分かる。弟子はまだ両親が健在だからまだ分からないだろう。
和泉屋に二泊した。ついに東京に帰らなければならない。友人と弟子は金が尽きるまで泊まるらしい。こいつらがそんなに金を持ってるなんて今まで無かったし、不思議でたまらない。これを新七不思議の第七としても良いけど、本当の不思議はこの後に起こるかもしれない。
番頭と友人と弟子が、桂月を見送るためしばらくついて来た。白雲洞を過ぎ、竜化瀑が見える所へたどり着き、ここで番頭が持ってきたビールを皆で飲んだ。そして大網温泉の湯壺が見える辺りまで来て、ここで皆と別れた。
回顧橋の辺りでホトトギスの声が聞こえた。弟子も友人もホトトギスの鳴き声を聞いたことがない。『一度で良いから聞いてみたいなぁ』と言っていたのを思い出し、思わず振り向けば、また一声鳴いた。
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紀行文に出てきた親抱松も白雲洞も現在は無く、ここにあったのかと想像するしか仕方ありません。今ある名所旧跡も自然の風化で見れなくなるかもしれないので見れるうちに行くのが正解だと思います。
大網温泉の湯壺も先日の災害で入れなくなり、数日前に復旧したものの宿泊者限定となりました。場所が川に近いのでここもいつ入れなくなるか分からないので行けるうちに行きましょう。
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鳴子温泉郷にある川渡温泉の共同浴場に行って来ました。
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コロナ禍まっただ中の時は地元住民と会員以外は入れなかったのですが、現在はそれら以外の人でも入れます。ただし常時施錠されているので、入りたい人は近くの商店で記帳と入湯料を払って鍵を借りる必要があります。
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浴槽は内風呂のみ。シャワーはありませんがカランはあり共同浴場にしては使い勝手が良いです。湯温はとても熱く、鍵を借りた商店の人が湯温は46度あるかもと言っていましたが、この日は間違いなくそれ以上ありました(馬場温泉に入れたワイが入れない熱さでした)。湯色は噂に聞いた通りの美しい鶯色で、ほんのり硫化水素臭がしました。泉質は含硫黄ナトリウム炭酸水素塩泉で低張性弱アルカリ性高温泉。熱すぎて入れなかったのでのんびりと桶で湯浴みだけして来ましたが、それでも十分温まってリラックス出来ました。良き!
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鳴子温泉郷の東鳴子温泉にある、ホテルニューあらおの温泉に入ってきました。

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浴室は内湯と露天風呂が男女別にあり、どちらも炭酸泉と黒湯の混合泉で、泉質はナトリウム炭酸水素塩泉の低張性弱アルカリ性高温泉。まずは内風呂です。湯温は42度ほどの適温で灰のような香り。湯の色はなんと言うか透明度の高い黒褐色と言った感じです。肌触りはスベスベスルンとした感じ。なかなかに居心地良いです。
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お次に露天風呂へ。こちらも色は湯船の岩の影響もあるかもだけど少し黒ずんだ透明色のお湯。お湯から灰の香りがします。湯温も42度ほどとッ内湯と同じです(源泉が同じだから当たり前か)
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お湯の良さもあるのですが、それよりも庭の木々の紅葉が素晴らしい。紅葉のグラデーションがキレイ。良い露天風呂でした。
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鳴子温泉郷の中山平温泉にある、共同浴場のしんとろの湯に行ってきました。

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室内は写真撮影禁止されていないっぽかったんですが、お客さんがいたので撮りませんでした。なのでHPから拝借。浴槽は1つだけで湯色は透明で湯温は42度ほど。うなぎを掴んだかのようなヌルヌルトロトロした肌触り。少し炭酸水素塩泉も混じってるからか肌にまとわりついてきます。そのためか湯温はそんなに高くないはずなのに、湯殿の名前の通り体の芯からトロトロに溶けていきそうなほど温まります。良き。

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泉質は含硫黄ナトリウム炭酸水素塩塩化物泉で低張性のアルカリ性高温泉。星沼源泉とコミュニティ源泉の混合泉とのことです。どうも両源泉は90度台と高温で、その湯をあの木樋を伝って湯船に入れることで、加水する事なく適温に調整しているそうです。
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福島県南会津郡にある湯ノ花温泉に行ってきました。
この温泉は鎌倉時代に開湯されたと言われている温泉。街の中心を流れる湯ノ岐川に沿って、湯端の湯、天神湯、岩の湯、弘法の湯という4軒の共同浴場と民宿などが並んでいます。街に娯楽施設や飲食店は(恐らく)無く、とても鄙びた所なので、純粋な湯治客か川釣り客しか来ない隠れた温泉地のようです。
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共同浴場に入るには入浴券を購入する必要があるんですが、その販売場所は指定された宿か商店か、なんと個人宅です。個人宅に買いに行くのは何となく気が引けるので、最寄りの商店に買いに行きました。
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星さんという姓が多い地域ですね。湯ノ花温泉から車で10分ほど離れた所にある木賊温泉にも星という姓の方が多かったです。
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これが入浴券です。値段は大人一枚200円です。当初はこの一枚で一浴場に入れるものだと思ってましたが、なんとこの一枚だけで4つ全ての浴場に入れるのです。激安!
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まずは湯端の湯。湯ノ花温泉最古の浴場だそうです。男女別と地元民専用の計3つの浴室があります。
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泉質は単純温泉で低張性アルカリ性高温泉。湯端の湯の裏にある温泉神社付近に噴出している湯本の湯を引いているようです。無色透明でかすかに石膏臭のするお湯で、湯温は42度ほど。源泉掛け流しらしくチョロチョロと蛇口から出しており、恐らく源泉温度が高いので少量ずつ入れて適温にしているんだと思います。
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次は天神の湯です。この近くに天神様を祀っているので天神の湯と名付けたそうです。源泉名は清滝の湯で、これも温泉神社の近くに噴出しているそうです。
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浴室は混浴です。浴槽は2つあり、源泉掛け流しのお湯が真ん中の浴槽に注がれ、そのお湯がパイプ経由で右の小さな浴槽に注がれます。湯温は真ん中が43度ほどとちょい熱く、右の小さな浴槽は40度ほどのぬる湯。泉質は単純温泉の低張性弱アルカリ性高温泉です。源泉掛け流しのお湯がオーバーフローしており、かなり新鮮なお湯でした。良き。
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お次に岩の湯です。河原のそばに湯殿があります。川の景色が綺麗。たぶんイタヤ楓だろう木々が色づき始めててこれも綺麗でした。
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これが岩の湯です。この岩の下から温泉が湧き出ているらしいです。
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静かな湯殿です。外で聞こえる小川のせせらぎ以外何も聞こえないので逆に静かに感じます。浴槽は一見するとオーバーフローしておらず、湯面から湯気が出ていないので、そんなに熱い湯ではないだろうと思いました。がっ!見た目と違ってクソ熱ちい!恐らく46度はあると思います。券を買った店の人が熱いから加水しても良いよと言ってたけど納得の熱さです。けど加水しても全然ぬるくならねえ。
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諦めて塀の奥にもうひとつある浴槽(にしては底が浅い)に入りました。さっきの浴槽からチョロチョロとお湯を引いています。そのため湯温は40度ほどのぬるさです。
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加水してもぬるくならない原因がわかりました。排水用だと思ってた溝が実は湯口でした。つまり正面と横と2つの湯口があり、コンコンと注ぎ込まれていたのです。そりゃ加水しても追いつかないわけだ、、、。
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岩の湯を後にして来た道を戻ります。いやもう、ザ・田舎の道!って感じで雰囲気あって良いですね。野に咲く花も綺麗。
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この橋も良い雰囲気を醸し出してる。特に橋桁が良い。
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最後に弘法の湯です。4つある共同浴場の中で唯一シャワーとトイレが完備されています。
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明治初期に高野山の修行僧が石仏を納めたので弘法の湯と名付けたそうです。
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ここも清流の湯を引いているようです。けど湯温は湯船が広いためか42度ほどと適温でした。
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福島県の南会津郡にある木賊温泉の共同浴場を巡って来ました。
この温泉は鎌倉時代には開湯され、地元住民の憩いの湯として愛されてきた温泉。温泉の名は周辺に木賊(とくさ)が群生していたのにちなみ名付けられたとのことです。西根川沿いに数軒の宿がある他に2軒の共同浴場があり、つげ義春の『会津の釣り宿』の終盤に出てくる温泉として有名です。
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まずは有名な岩風呂へ。西根川の河原に大きな岩をくりぬいて作った温泉があるのです。道沿いに岩風呂へ通ずる降り口があるので、そこから向かいます。
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100メートルほど石段を下って行きます。
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すると、見えてきました。あの青い屋根の建物が岩風呂です。
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川に近いですね。過去に何度も洪水で流されたそうですが、その度に復旧しているそうです。また、以前はもっと深い川だったそうですが、最近の度重なる洪水で土砂が堆積し浅い川になったそうです。
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浴室内です。見事な岩風呂ですね。全長15メートル程でしょうか。川側にある小箱は脱衣箱で、ここで着替えます。
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左右に分かれて2つの浴槽があります。建物には壁らしい壁がないので川風が入りますが、ちょうど上半身の当たりが脱衣箱で遮られるので寒くなく、むしろ温泉から立つ暖かい湯煙が建物内にほんのりと残り、本当に絶妙な居心地の良い室温になっています。
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泉質は単純温泉で低張性弱アルカリ性高温泉。無色透明です。ほんのり卵臭が漂っています。
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この温泉は混浴ですが、女性は特別に湯浴みを着て入っていいそうです。また男性は浴室内で丸見えで脱衣をするんですが、女性は出入口横にある女性専用の脱衣所でも着替えられます。
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それでは入ってみましょう。まずは右側の浴槽へ。意外と底が深くて80センチほどあります。湯温は41度ほどと適温。見た目と違ってかなり卵臭のするお湯です。
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次に左の浴槽へ。こちらも深くて80センチほどです。湯温は43度ほどと適温〜ちょい熱です。スルスルヌルンとした肌ざわりで、肌に卵臭がまとわりつき何とも臭くて良い匂いになります(笑)
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浴室から見える景色です。この日は前日が雨天の曇りの日だったんですが、おそらく晴天の日には綺麗な景色を見せてくれるんでしょう。それか逆に豪雨の日に入るとスリル満点かもしれません。
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お次に広瀬の湯へ。岩風呂から徒歩5分くらいの所にあります。畑の中にポツンとあり、山里の共同浴場という雰囲気がプンプンに出ています。さて、一体どんな感じなんでしょう。楽しみですね。
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が!営業終了していました。残念!
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奥鬼怒温泉郷の日光澤温泉に行ってきました。

奥鬼怒温泉郷には、加仁湯、八丁の湯、日光澤温泉、手白澤温泉の4つの温泉がありますが、そこに行くには加仁湯か八丁の湯に宿泊予約して送迎バスに乗るか、約2時間ほどかけて徒歩で行くしか手段がありません。なので加仁湯に泊まったこの機会に日光澤温泉にも行こうと思い行って来ました(手白澤温泉は日帰り入浴をやっていない)。ちなみに加仁湯に投宿した時の記事がこちらです↓

では日光澤温泉へ向かいます。場所は加仁湯から徒歩15分ほど道を登った所にあります。道は未舗装ですが登山するような獣道ではなく斜度もきつくないので思ったより楽に向かえます。
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こんなに小さな沢でも立派な鬼怒川です。
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道なりに進んでいると、ありました日光澤温泉です。
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映画で見る大昔の田舎の小学校のような雰囲気。昨日宿泊していただろう登山姿の人達もチラホラといらっしゃいます。そうか、登山客にとってはここまで2時間かけて徒歩でくるのは苦じゃないから送迎してないのかも。
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玄関です。雰囲気ありますねぇ。ん?入口の戸の隙間から何やら視線を感じる気が...
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あ、どうも。
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飼い犬がいました。全部で3匹いるそうです。
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訪問者は玄関前のこの鐘を鳴らして宿の人を呼びます。カァーン!カァーン!とけたたましい鐘の音が山にこだますると、建物の奥から宿の人が忙しそうに出てきました。訪問したのが朝9時と恐らくほとんどの宿泊客がチェックアウトした後だろう時間だったため、部屋の後片付けでもしていたのでしょうね(けど日帰り入浴は9時からなので、こっちは悪くない)。
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いかにも登山やってますって感じの山男さんが温泉まで案内してくれました。温泉は建物そばの石段を降りていった所にあるのですが、めっちゃ軽やかにヒョイヒョイと石段を降りていくので付いて行けませんでした(笑)。温泉は内風呂と露天風呂が2つあるのですが、内風呂は宿泊者しか入れず、露天風呂は上と下とあっていずれも混浴とのこと。ではまず上の露天風呂へ。
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上の露天風呂です。泉質は塩化物・ナトリウム・炭酸水素塩泉で低張性中性高温泉。湯温は41度くらいと適温。無色透明で少し甘く焦げたような香りがします。するするトロンとした肌ざわりです。
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湯口からドバドボと新鮮な温泉が注がれています。木々がちょうど朝日を遮ってくれてたので木漏れ日のなか気持ちよく入れました。
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上の露天風呂から下の露天風呂を眺めています。下の露天風呂はここから石段とコンクリ階段を計20段ほど降りた所にあります。
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白濁してて、そこそこ卵臭のするお湯です。泉質は含硫黄・ナトリウム・塩化物泉で低張性中性高温泉。奥がちょい熱で42度くらい。手前がちょいぬるく41度くらいです。どちらも白い湯の華がどっさりと堆積するほど濃く、スベスベキュッとした肌ざわりです。手前に見える建物は、恐らく宿泊者だけが入れる内風呂だと思います。
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日光澤温泉を後にしたのですが、せっかく奥鬼怒まで来たので八丁の湯にも日帰り入浴しに行きましょう。来た道をテクテク戻り、加仁湯を通り過ぎて、ズンズンと進んでいきます。
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ズンズン。
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加仁湯から10分ほど歩いてると、ありました、八丁の湯です。ですがこの日は日帰り入浴はやってませんでした。残念!
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